スウィートブライド代表中道亮物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2010年12月。

朝から大粒の雨がおちている。

僕は今日もリビングでデザイン作業をしている。ふと見上げると、部屋干しされている息子の剣道着が目についた。

(まだちっちゃいのに、よく頑張るもんだ)

僕が幼稚園児の頃って、どうだったろう。
記憶の中では、友達とライダーごっこしたり怪獣の人形で遊んだり・・・。せいぜいそんなところだ。

そう思うと、息子はすごいなぁと改めて感心する。

(あ、そうか。ワイフの血も流れてるんだった)

そんな息子の剣道着を見ていると、力がわいてくる。

(こんな雨の日に、じめじめ考えてちゃいけないな。パパはこの子のために頑張らなきゃいけないんだ!)

その夜、長男がウイスキーを持ってきた。

「はい、パパ。ウイスキー飲むんでしょ」

息子2人と男3人でこたつにはいる。
6才の長男はドラゴンボールのカードを広げて整理中。4歳の次男はポケモンの人形をいっぱい並べ始めた。僕はそんな2人の行動を見ながらソーセージとチーズをあてにサントリーオールドを一杯。

息子たちの言葉に合ずちをうちながら飲むオールドは格別だ。

(ずっとずっと先の話だけど、息子たちが成人して一緒にウイスキーを飲めればもっと最高だろうな)

『ピピ・・、ピピ・・、お湯がはいりました』
機械的なアナウンスが部屋中に響く。

さぁ今夜は息子と3人でゆっくりと男風呂を満喫だ。

次の日の朝、僕はJRで東へと向かっていた。

須磨のあたりにさしかかると神戸の匂いが漂ってくるからイヤホンのBGMを小曽根真さんに切り替える。

(小曽根さんと神戸って本当にマッチするな)

ほどなく芦屋に着き、川沿いの道を北へあがる。
恩田さんのエステサロンに来るのは春先にホームページの納品をして以来。新しいスタッフが入ったと連絡があったので、スタッフ写真の撮影を兼ねて久々に恩田さんの顔を見にくる事にしたんだ。

VIPルームで待っていると、白シャツにデニムというカジュアルな姿で恩田さんが入ってきた。

「中道さん、最近香織ちゃんにあった?」

「そういえば、春から会ってないなぁ」

「なんかね、スタッフのゆかりちゃんが辞める辞めないで色々あったようで、前ここに来てブーブー言ってたわよ(笑)」

「そうなんだ(笑)じゃ久しぶりに香織ちゃんに連絡とってみるかな。ちょっと元気ももらいたいしね」

「ん?中道さん、どうかしたの?」

「どうもしてないから、ぐじぐじと悩んでるだけなのかも・・・。ウェブデザインの仕事はおかげさまで順調に入ってきてるし、ブライダルのコンサルも引き続きさせてもらってる。ホテルの深夜バイトはだんだん身体にキツくなってきたけどね、それなりに続いてる。この一年でこんなライフスタイルが固定化されてきて、今はそれを必死にこなしてるって感じかな」

「私も一緒よ。目の前の仕事に追われるばっかりで、やりたい事が出来てるようで出来ていないようで・・・」

「でも恩田さん、また雑誌載るんでしょ?」

「うん、そんな話はちょこちょこいただくんだけどねぇ。あ!そうそう、今度エステの本を出版するかも。出たら連絡するから宣伝してね!」

恩田さんとは少し雑談した後、お店の新スタッフの撮影を済ませ、僕は芦屋をあとにした。

次に向かったのは夙川のイゾーラ。あれから代表の鈴木さんとは何度か会って交流は深めているんだけど、今日はいよいよ最終の返事をするためにアポをとっていた。

今お付き合いされているプロデュース会社との契約期限が来年3月のようで、来期から組むプロデュース会社を何社かあたっているようだった。

鈴木さんは、今日もまた高そうなおしゃれなスーツで僕の前に現れた。

(恩田さんといい、鈴木さんといい、キラキラしていて今の僕には眩しいなぁ。えらい違いだ・・・)

「中道さん、どう?考えてくれた?今回は中道さんの他にも神戸のプロデュース会社を何社かあたってはいるけど、中道さんがやってくれるなら僕は中道さんとやりたいと思ってる」

「こんな僕に、そんな風に言ってくれて本当にありがとう。鈴木さんと初めて会ったのは確か3月くらいだったよね。今お付き合いされてるプロデュース会社との契約があと1年残ってるとその時に聞いて、僕としては1年も経てば、僕自身の環境にも変化がでてるだろうから、イゾーラのプロデュースをできるようになってればいいなぁと思ってた。でもね、この1年あまり変化がなくて、結局のところ新たな一歩を踏み出せそうにないんだよね・・・。申し訳ない」

「そうかぁ。それは残念だなぁ。中道さんとだったら、僕たちも新郎新婦も皆が楽しめる結婚式ができるって思ってたのに・・・」

「ギリギリまで返事できなくてごめんね。何かさ、自分自身が不甲斐なくて・・・、嫌になる」

「いやいや、こればっかりはタイミングもあるだろうし。たぶん今はそういう時期じゃないんだよ。でもこれで中道さんとの付き合いが無くなる訳ではないんだし、今回はあきらめるけど何かあったらサポートしてよ」

僕は鈴木さんにとことん頭を下げ続けた。

(ここまで言ってくれてるのにホント情けない)

自己嫌悪をぬぐい切れぬまま、僕はイゾーラに正式にお断りしたその足で北野のドレスショップホワイトルームを訪れた。

「中道さん!今日は何?」

フィッティングルームの奥から元気な松田さんの声が聞こえてくる。
僕は今日イゾーラに正式にプロデュースの話をお断りした事を報告した。

「松田さん、せっかくいいお話くれたのに、ごめん。まだ今の僕には荷が重くて・・・」

「もう相変わらず真面目やなぁ。そんなん考えずにやっちゃえばいいのに」

「うん。足を踏み出さなきゃ前に進まない事はよくわかってるつもりなんだけど、今は全てにがんじがらめのような感じで」

松田さんには申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
やる気にさえなればいいのかもしれないけど、今の僕はまだまだ暗闇の中にいるようで心も身体も思うように動かない。断念せざるを得ない自分が嫌になって仕方がなかった。

松田さんとしばらく話をしたあと、僕は北野坂をあがり、いつもの萌黄の館に向かった。

異人館街を見渡しながら、ふぅとため息をつく。
(これで僕の神戸ウェディングの夢はひとまず終わったんだな・・・)

神戸北野の終わりとともに、僕はブライダル事業の夢までも、もう終わりにしょうかと考えるようになっていた。

2010年12月27日。

今年ももう年の瀬だ。
真冬の夜の冷たい風に身をかがめ、僕は飲み屋街を歩いていた。

通りを歩いていると何軒かの店のマスターにでくわすので、道端で軽く年末のあいさつをしていく。

(やれやれ・・・また顔をださなきゃいけない店が増えてしまうぞ)

目当てのバーは通りをひとつ過ぎたところにある。

僕はカウンターのいつもの席に座り、いつものようにいきなりガツンとアイラのモルトを頼んだ。

(早く酔ってしまいたいな・・・)

男一人、バーに行く時というのは何かを思う時。分厚い一枚板のカウンターがその思いを吸収してくれる。

人生、一生懸命頑張ってもなかなか思うようにいかない。でもそれを不条理と思ってしまうと余計にしんどいので、それを常と思うようにしなければいけない。

バーにくるのは、そんな風に自己暗示をかけるためでもある。

2杯目は珍しくスコッチベースのカクテル、ロブロイ。息子のこと、そしてワイフのことを想いながら、赤褐色に染まったカクテルグラスを眺め、一気に喉に流し込む。

そして、僕の生きる意味をもう一度確認する。

結局、僕の心は依然として混沌とした中・・・。
2010年は静かに過ぎていった。