1996年11月24日

僕は黒の紋付袴、奥さんは赤い色打掛。

専門式場で神前式を挙げたばかりの僕たちは、披露宴会場の大きな扉の前に立ち、入場を待っていた。

もともと僕はライブハウスで結婚式をしたいと思っていた。よくあるようなチャペル式ではなく、バンド演奏をしながらパーティー感覚の自由で楽しい人前式ができないものかと考えていたんだ。

かしこまったのが苦手だった事もある。カジュアルで、自分らしければいい。そんな風に思っていた。

でも、1996年当時は1.5次会やパーティーウェディングなんて言葉もなく、ホテルや専門式場で「ザ・結婚式」を挙げるのが一般的だった。

さて、披露宴会場の扉はとても大きかった。

(実際には普通のサイズだったかもしれないけど、当時の僕の記憶では天井に届くぐらい大きな扉だった印象だ)

その扉の前には黒服のスタッフが立っていた。

結婚式の直前まで色々な事があったけど、何はともあれ、今ここにこうして立っている。そこには淀みのない神聖な空気が漂っているように感じた。

(それは何とも言えない凛とした空気。扉口前のその感じは、今でも記憶の端にこびりついている。それはとても清らかで澄んだ感じだったな・・)

先頭は、仲人の御主人。そして、僕、奥さん、仲人の奥様という順番で待機している。入場のときが来るまで、中世の彫刻を施したような豪華な白い扉を僕はじっと眺めていた。

僕は先ほどの神前式で一生分の緊張を味わった。

三々九度、指輪の交換、誓詞、榊の奉納・・・。額からしたたり落ちる汗。こんな事は一生に一回で十分だ。そう思った。

式も終わり、今はその緊張感から解き放たれ、少しリラックスした気持ちで披露宴の入場を待っている。奥さんの顔を見ると、いつものごとく冷静な表情である。「ちゃんと歩きなよ」そんな風に僕に言っているようだ。

司会者が入場を告げる声が会場の外にも聞こえてきた。
会場内は暗転したのだろう。ゲストのざわついた声もなくなり、シーンと静まり返っていた。

僕は耳をすます。

会場内に小曽根真さんのピアノが流れ始めた。
披露宴の入場曲は小曽根真さんの「Georgeous」。僕たちが好きな曲だ。

(先日2人で行った小曽根真さんのライブでもアンコールで演奏されていた。)

そんな大好きな曲が大きな会場で流れている。それだけでも、僕たち2人にとっては感動的であった。

出だしは小曽根真さんのピアノだけがゆったりと流れる。そして50秒後、序章部が終わり、ジョン・パティトゥッチのウッドベースとピーター・アースキンのドラムが折り重なるように入ってくる。

ここで扉オープン。

ピンスポットのライトが真正面から僕の顔を照らす。ゲストの拍手の中、黒服のスタッフに誘導され、扉から一歩入ったところで一礼をする。

僕はふぅーっと息を吐き、ゆっくりと歩き始めた。